知らないあなた
      
一方、その頃のやつがれ氏は?





伝説に出て来る妖異怪異より性の悪い、
人の姿した百鬼千魔が犇めき合う、魔都ヨコハマの更夜の深淵。
現在稼働中の港湾区域からやや離れた、
放置された貨物車が蹲る操車場跡や旧の倉庫街などの闇だまり。
冥府に連なる黄泉比良坂まで、案内しにと現れたかのよな、
総身のことごとくへ夜陰の闇を染ませたような漆黒の存在が、
幽鬼のように気配もないまま佇んでいることがある。
その姿、風貌の詳細は、実はあまり広く知られてはいない。
それもそのはず、直視出来るほどの至近にて対峙した敵対者は
まず間違いなく殲滅されているからで。
そこまで恐ろしいヨコハマの羅刹こそ誰あろう、
裏社会の雄、ポートマフィアがその強靱な異能を誇る、

  首領直属の遊撃隊の長、
  芥川龍之介、その人で。

繊細透徹、可憐な陶貌人形を思わすような、
それは美々しき華奢な少女でありながら。
その身へまとう漆黒の外套が、
何でも食らい、何でも刻む鋭利な牙持つ獣と化す、
それは凶悪な異能を意のままに操る、
禍狗姫こと女の子の芥川が、
例の異能で並行世界から飛ばされて来たということは。

  …というか、太宰氏の真の目的は
  “彼”を現在地から完全完璧に遠ざける格好で匿うことだったのだから

当然のことながら、
策士 もとえ軍師殿の仕立てた巧みな手際でもって、
こちらもこちらで 女護ケ島に漂着した芥川♂の方はと言えば。

 「……。」

正体不明な存在からの、仕事用の携帯端末への入電という、
ありふれた事象というには ちと微妙な仕立てじゃああったが。
さして問題はなかろうと触れたことにより、
それへと巧妙に連動していた異能の起動に見舞われてしまってののち、

 「お久し振り、芥川くん。」

感覚としては一歩たりとも動いちゃいないはずなのに、
室内だってどこがどうと変わったようには思えない空間に相違ないというに。
向かい合っていた相手が、その風貌をがらりと変えている。
恐らく性別の違う、だが“同位”にあたろう もう一人の太宰さん。
向こうから見たこちらもまた、彼女の知る人とは全く違う存在だろうに、
何でそうも朗らかに振る舞えるものなのか。
別人ならではなそれだろう、先のご挨拶を笑顔と共にご披露くださり、
頬にあたったおくれ毛がくすぐったかったか、
シャワーでも浴びてでもいるかのように
豊かな髪ごと かぶりを振るよにして頭首を揺さぶれば。
背までかかろう深色のくせっ毛が、
獅子のたてがみの如く はさりと広がってはためいて。

 「…。」

こうまでの美人のそんな仕草とくれば、
あでやか、且つ優美な所作なのかも知れないが、
こちとら人となりを知っている身なせいだろうか、
何とも勇ましく、威風堂々として見えた。
女性相手に使う言い回しじゃあないかもしれぬが、
炯々とした眼光も雄々しいままに、凛とした雄姿は頼もしい限り。
芥川には見覚えのありすぎる、それは端麗な風貌の女傑を前に、
一瞬 声を失ったものの、

 「……っ。」

裏社会に生きるものには、ほんの刹那の油断さえ命にかかわる場合が常である。
いくら色んな意味で微妙に“顔見知り”であれ、
いきなり現れた存在、しかも武装しているも同然と判っていように、
妙に余裕綽々なのも、芥川には警鐘招く要素でしかなくて。
そんな太宰嬢と向かい合っていたソファーの上から、
忍びよろしくという冴えた身ごなし、弾けるように飛びすさると、
異能発動の装備である外套の衣嚢へと手を入れた芥川。
腰をやや落とし気味にした、
まるで二丁拳銃を抜き撃ちにせんとの構えにも似たそのポーズへ、

 「おっと。逃げ出させはしないよ。」

恐らくは彼の知る“太宰”と同じ異能無効化というチ―トな能力を持つ女史であり。
そんな女傑へ一体どんな抵抗反撃を差し向けて、
どのようにして有効圏外へと飛び出すつもりなのだろか。
外套の裳裾から鋭く引き裂かれたような格好でするすると長々伸び始める黒獣が、
もたげた切っ先、太宰へと狙いを定め、威嚇する猛禽のよに油断なく揺らめく。
そりゃあ重たくも冷たい覇気に満ち満ちた異能の発動は、
こういう修羅場に縁のない者でも、背条が凍えて身動き出来なくなりそうな
そんな恐ろしい気魄をほとばしらせていたれども。

 “……おや。”

下手に動けば容赦なく串刺しにするぞと言わんばかりな異能を発動させつつ、
当の本人はと言えば、じりじりと後ずさりをしながら、
リビングに置かれた家具を羅生門で釣り上げかかった芥川であり。

「それをどうする気なのかな。」
「…。」
「こっちの芥川くんと一緒にあーだこーだ選んだ思い出の品ばかりなのに。」
「……。」
「もしかして叩き壊そうとか傷物にしようとか構えてない?」
「………。」
「ひっどーいっ。」

普通一般の女性とは違う、一癖も二癖もあろう手ごわい女傑と判っているのだが、
それでも、嫋やかな風貌をややむくれさせ、甘い声で駄々をこねている様子は、
ちょっと片意地張って威張って見せてる、ただの女性のそれであり。
空元気ならぬ空威張っているかのような態度なのがどうにも絶妙。
冷笑浮かべて逃げられると思うてかなんて言い出されれば、
むしろ遠慮なくの全力で振り払えたものを、と。
困惑しかかった黒獣の君だったが、

 「……っ!」

不意に背後に起きた気配にハッとし、
振り向きざま、黒獣の切っ先をぶんと振り出して薙ぎ払えば、

 「キャッ、痛い〜〜。」

甲高い悲鳴が甘く伸び、
振り返った視野の中で手首を押さえてしゃがみ込んだのが、
見覚えのあるミニスカートに白シャツ姿の少女。
襟足覆って肩先へと届くほどという
やや長いめのボブカット風にした白銀の髪が、
俯いた拍子に淡雪みたいな白い頬へすべり降りたそのお顔にも、
芥川には重々見覚えがある。
直接会うのはお初だが
いつぞやこちらの皆様から写真で見せてもらった人物だし、
似たような風貌のお仲間が居るからで。

 “…仲間、か。”

思えば随分と慣れ合っているものだとも思う。
停戦協定中とはいえ、
もっと揮発性の高い睨み合いくらいしていていい間柄なはずだろうに。
いろいろあった末とはいえ、非番の日には仲良くお出掛けしているほどであり。
そんなこんなをふと思い、
油断なく身構えていた緊張感がふと弛んだ芥川だったが、

 「おっと、女の子へ手を上げるか?
  ポートマフィアの上級幹部ってのはそんな余裕ない人種なのかい?」

窓側には太宰、そして玄関側には、
膝をついたとはいえ、戦意喪失したわけではなさそうな敦嬢と、
簡単な構図ながらも前後の退路を封じられており。
強引に突っ切るならそっちだろう敦は手負いなため、
その怪我を負わせたことへと非難の声を投げかけ、
羅生門の君の動揺を誘いたい太宰嬢かと思われたものの、

 「そういう配慮を挟むと、
  何様だとかつての師から腹を蹴り上げられました。」

 「うわっ、そっちの太宰氏ったら何て奴。」

きっと日頃はそんなフェニミズムなんて意識してない彼女らだろに、
利用出来るものは何でもと、勢いで持ち出したに違いなく。
そんな格好のついでの言い分だった部分、
選りにも選って自分と同位の“太宰治”が下したという非道な折檻へ、
こちらの太宰治さんがサイテーと言わんばかり、いかにもな語調で非難する。

 「でもまあ、確かに
  そんな情を掛けた相手からあっさり裏切られる可能性だってあるからねぇ。」

 「…太宰さん?」

一旦は非難しといて、でもそれもアリかもと肯定しちゃったお姉さまだったのへは、
おいおいと、敦嬢が大きな目許を見張って呆れたのも、ある意味ではお約束。
一方で、非難されるのもしょうがないと、さすがに今の芥川にはやや判るものの、
それでもあの頃、あの広い背中した青年師匠の言うことはすべて絶対だったし、
今だって、彼女らが言うほど、
途轍もない無体だったとまでは思えないから不思議だったりするのだが。

 「でもまあ、今はギリギリでフェミニストで助かったわ。」
 「…だから。」

確かに思わぬ怪我をさせたため、ついつい手が止まったものの、
そのような信条ではないと言いかかる黒獣の覇王さんに皆まで言わせなかったのが、

 「こっちの “のすけちゃん”だと容赦ないんだよぉ?」

超再生が働いてか、擦りむき傷なぞとうに消えたとパタパタと手を振りつつ、
敦嬢が微妙に真摯なお顔で言い足した。曰く、

 「ボクなんてどんだけ指やら耳やら落とされたことか。」
 「…は?」

もうもうもうと、
目の前にいるのは別な人、それへの告げ口だという格好で、
内緒だよというよな顔になって おっかないこと言い連ねるものだから、

 「…それはマコトか?」

まことまことと頷いたのが虎の少女だけじゃあなく。
太宰女史もまた、肘まで袖をまくったシャツ姿のその腕を胸高に組んで、
うんうんと大きに頷いて見せ、

 「まぁね、この子の再生の力も判っててらしいんだけれど。」
 「だからってトカゲじゃないんですから。ちゃんと痛いんですから。」

太宰さんも平気みたいに言わないでと、
怒って見せる小虎の少女へは、

 「だったら敦くんも、人を庇ってやたら飛び出さないこと。」
 「う…。」
 「ウチの芥川くんが容赦なく切りつけるのは、
  そんな痛いことされそうって キミが怯んでくれたらなぁって
  思ってのことでもあるんだよ?」

 「で、そういう説得中に逃げ出さない。」

無難に収めたいか、こっそり遠ざかりたかったか、
太宰さんからのお説教受けてる敦ちゃんの傍らを抜け、
音もなく玄関へと向かっていた黒獣の覇王様だったが。
そこから入って来かかっていた、こちらも威圧満々な女性に押し戻された。

 「おっとぉ。おや、手前はもしかして向こうの芥川か? 久しいな。」

で、リビングへ軽々と押し戻されてちゃあ世話はない。
特に力押しではなかったが、コツというのを心得ているのだろうし、
何よりこのお顔には芥川の方でも逆らえぬ。
そんな二人を迎える格好で きゃあと甘い声を上げたのが敦ちゃん。

 「あ、中也さん捕まえてくれたんだ、ありがとうございますvv」
 「おうよ。」

ややあみだにかぶった黒いポーラーハット、
屋内だというに脱ぐ気はないか、
胴の部分を手のひらで押さえての押し込み直すと。
女だてらに五大幹部の中原中也さん、
リビングの奥向きへと視線を放る。

 「くぉら太宰、敦まで巻き込んで何の騒ぎだ、これは。」

事情説明は無いまま、だが呼び出されている辺り、

 “ちょろすぎませんか、中也さん。”

ついのこととて、こっちでも相変わらずこういう相性なのだなとの
再確認をしてしまった やつがれさんだったのはさておいて。

「何 企んでやがるんだ、ああ?」

一応引き留めはしたれども、
正義の徒である武装探偵社の人間が二人がかりで、
異世界の存在、なので微妙ながらもマフィアの人間だろう芥川を挟み込んでた構図は異様。
しかも、どう見たって自分の見慣れている少女然とした芥川ではない。
またまたあの、並行時空へ人や物を送り出す異能者がらみの騒動かと、
怪訝そうな顔になった中也嬢へ、

「企んでいるのは私じゃあなくて森さんだよ。」

「あ?」

「芥川が、好きでもない相手のところへ嫁に出されてもいいのかい?」
「そうだそうだ。」

「はい?」×2

to be continued.(18.09.26.〜)






NEXT


 *太宰さんのややこしい策により
  並行時空へ飛ばされていた、芥川くんの方はどうしていたのか。
  まあほぼ似たような騒動の只中に居たんですがね。
  ちょっとだけ違うところもあるんだよというところ、
  こっちはおそらくギャグ風味になりそうですが、
  よろしければお付き合いくださいませ。